お客様は神様ですか。

僕が働いているファミレスに神様がやってきました。

混雑時には順番待ちをして頂くために、お客様には入口で指定の用紙に名前と人数を書いて頂いています。

そこに『神様1名』と書かれていました。

中学生ぐらいの男の子たちが、ふざけて『神様』や『王様』と書くことは稀にありますが、どうやら目の前にいる五十路のおじさんが書いたようなのです。

『神様』の順番が来ました。

「お次、お待ちのジン様。」

僕は赤っ恥をかかぬよう、まずはそう呼びました。

しかし、返事はありません。

「お次、お待ちのカミ様。」

「はい。」

五十路のおじさんが食い気味で返事しました。

おじさんは表情を変えていませんが、周りにいる人たちの中には興味ありげにチラチラこちらを見ている人がいます。

僕は何でもないように装い、マニュアル通りにその神様をテーブル席に案内し、一通りの説明をした後に立ち去ろうとすると「本物やで。」と極々小さな声が耳に届いたのですが、振り返らずにそのまま別のお客様の元へと向かいました。

すぐには気付かなかったのですが、関西弁でした。

色々と気になったのですが、お店は混雑していたので、目の前にある仕事をこなしていきました。

しばらくして神様の方に目をやると、神様は何か言いたそうな顔をして、周囲を見ていて、僕と目が合うと手招きしました。

神様の元へ行くと、どうやら注文をしたかったらしいのですが、呼び出しベルのボタンが反応せずに困っていたそうです。

試してみると正常に反応したので、単に神様の押し方が甘かっただけでした。

そんなソフトタッチな神様から僕は注文を承りました。

「和風ハンバーグの洋食セット、食後にホットチョコと白玉ぜんざい」

個性的なオーダーにも、スマートな対応を心掛けました。

「本物やで。」

テーブルから離れるとき、また聞こえました。

すごく気にはなりましたが、店内奥のお客様に呼ばれたので、そちらに向かいました。

そうして、僕はいつも通りに仕事をしている内に、神様の存在を忘れていました。

1時間ほど経っていたでしょうか、店内の混雑が収まり、仕事が一段落した頃、ふと神様のことを思い出した僕は、神様のいるテーブルに目をやりました。

すると、そこに神様の姿はなく、レジで精算をしているところだったのですが、レジにいた新人スタッフが困った顔をしているのが見えたので、フォローに入りました。

「財布にこんだけしか入ってなかった。」と神様は言いました。

526円がレジ台に置いてありました。

神様が支払うべき金額は1879円でした。

「もっと入ってると思ってた。」

まるで他人事かのような言い方で自称神様が言い訳をしました。

そんなことを言いながら財布を探っていると、財布から病院の診察券が落ちたので、僕がそれを拾ったのですが、そこには『笹野義文』という名前が記されていました。

順番待ちの用紙に『神』という偽名を使ったのかと思ったのですが、何だか腑に落ちないところもあり、とりあえず僕はこの所持金不足のおじさんを店裏の事務室に連れていきました。

こちらの言うことに素直に従い、事務室に入ったおじさんと一対一になった僕は、どこか期待する気持ちで「お名前は?」と尋ねました。

「神。」とだけ答えた目の前のおじさんに、財布に入っていた『笹野義文』の診察券を見せながら、「これはあなたのものではないのですか?」と聞くと、「それはこの男の物や。」と自分を指差しながら言いました。

「この男?」

「そうや、俺は今、公園で寝ていたこの男の体を借りてるだけで、俺は神なんや。」

「…。」

「ホンマやで。疑ってんねやろ?」

「…。」

「あぁ、そうか、関西弁か?管轄が関西やからや。」

「管轄?」

「そうや。人口も増えたし、手分けして各地域を見守ってんねん。」

「…。」

「ウソちゃうで。」

「わかりました。」

僕は目の前にいるおじさんが本物の神様であることを、何の躊躇いもなく信じてしまいました。

とても信じられないような話を、それこそ信じられないくらいあっさりと信じたのです。

直感的に、そう信じさせる何かがあったと言えるかもしれません。

そして、僕は目の前にいる神様に言いました。

「で、どうやってお支払い頂けますか?」

神様だろうが仏様だろうが、代金は払わないといけません。

神様は皿洗いを2時間やって、お店を去っていきました。

あと、財布に入っていた526円は勝手に使わないように念を押して。

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