偏見を含め、思うこと。

ほとんどの人がそうだ。
時間潰しという名目で、本来やりたくもないし、大して面白くもないゲームをやらされて、そのうちゲームに時間を奪われ、色々失っている。
人を愛するということは一つの能力だ。
そして、女は生まれもってこの能力を持っているが、男は持っていない。
男は何かキッカケがなければ、この能力を身につけることができない。
だから、女が先に男を愛してはいけない。
女は、男が自分を愛していることを確認してから、愛するべきだ。
自己アピールが恥ずかしいという気持ちに一票。
世に言うサブカル好きの人って、大半の人が見出だせていないところに価値を見出だした己のセンスに一種の優越感みたいなものを感じている人。
結局、産出する人間、享受する人間、批評する人間がいて、金勘定が合っている。
それなら産出する人間でありたい。
情報が溢れ、それを入手しやすくなっている。
プラスの情報より、マイナスの情報の方が信じやすく、印象に残りやすい。
その傾向は情報提供者の顔が見えない場合は顕著。
つまり、今の社会のように情報が増えれば増えるほど、マイナスイメージがより与えられるようになる。
すると、人は何かをしようとするときに躊躇しやすくなる。
もっと言えば、勝手にがんじがらめになって何もできなくなる。
そんなの馬鹿馬鹿しい。
だから、自分の感覚で得たもの以外の情報なんて無視してやろう。
世の中には尤もらしい定説みたいなものが多いが、中には相反するものがあったりする。
例えば『三度目の正直』と『二度あることは三度ある』だ。
子供のころからずっと「どっちやねん。」と思ってきた。
最近同じように思っていることがある。
『視野を広くもって、色々なことに挑戦し経験していくことで、人は成長する』と『これだと信じる一つのことを追求し、深く突き詰めてこそ、見えてくるものや得られるものがある』という二つのことが、あたかも絶対的な真理のように語られる。
どちらが正しいのかは分からない。
その都度、自分の都合のいいように捉えて、納得できて、心が安らげばいいのだ。

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