落し物。

「あ、あの…、いや、やっぱりいいです。自分でやります。」
人気者だった彼は今、大学で居心地の悪さを感じている。
あの旅行に参加して以来のことだ。
サークルの仲間で楽しく海岸でお酒を飲みながら花火をしている中、悪酔いした彼は全裸になって、夜の海に飛び込んだ。
「裸一貫っ!」
大騒ぎした挙げ句に、勝手に溺れて、警察や救助のお世話になる始末。
そこで彼は人気を落としてしまった。
 彼の人気は海岸で打ち寄せる波に揺られていた。
その翌朝、地元の市議会議員が海岸でゴミ拾いをしているとき、そこに落ちていた人気も気付かないうちに拾っていた。
「今日もクソほどゴミが落ちているなぁ。…クズどもが。」
人知れず彼がゴミ拾いをしている姿が、たまたま情報番組のテレビカメラに映り込んでいて、彼は地元で人気の議員になった。
その人気にあやかろうと彼を国政選挙に誘う者が現れ、その気になった彼は出馬し、見事に当選、国会議員になった。 
「ありがとうございます。これからは社会の掃除をして参ります。」

しかし、急に著名になった彼は、己を忘れ、妻子ある身であるにもかかわらず、他の女性と路上でキスしているところを写真誌に掲載されてしまった。

そこで彼は人気を落としてしまった。
彼が写真を撮られた夜、その場所でいつものように路上ライブをしていた無名のミュージシャンは、いつもよりも手応えを感じていた。
「行き交う人々が俺を見ている。なんだかゾクゾクする。」
落ちていた人気が、その上に偶然座り込んだ彼のお尻にくっついたのだ。
毎日のように路上ライブをしていた彼の前には、いつしか数え切れないほどの人だかりができるようになった。
それがレコード会社の目に留まり、メジャーデビューするや否や、彼の曲はヒットチャートを一気に駆け上がり、すぐさま次曲発売の話が持ち上がった。
しかし、世間の期待とは裏腹に、その重圧が彼を苦しめ、創作は難航した。
「スランプすぐ来た、ごっつ早い…。」
彼は盗作をした。
誰でも自由に自分の作った曲をインターネット上で公開できるウェブサイトから彼は盗用したのだが、ネット上に転がる名もない曲でも、盗作だと発覚するのに時間はかからなかった。
そこで彼は人気を落としてしまった。
所有者を無くした人気は今、このネット上のどこかに落ちていて、波に揺られている。
次に人気を手に入れ、ビッグウェーブに乗る者は、ネットサーファーの中にいるかもしれない。
「『登録無料!必ず出会える!』かぁ…。」

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