冒頭集2。

いつか完成するかもしれない物語の冒頭部分だけを載せます。
 

「何があったのかは知らねぇけど、何かあったんだろ。こっちで適当に事情を想像して、もうとっくに飲み込んだ。で、俺は絶対アンタみたいにならないって決めてっから」
10年前、高校生だった俺の前から姿を消した父親が、いま目の前に立っている。明らかに栄養が足りていない顔や身体。ただその変わり果てた父親の姿より、突然の再会に冷静でいられる自分に驚いた。
 

秋山蘭子がこっちを見ている。成績は常に学年トップで、有名なピアノコンクールでも1位になったこともある、よく言えばクールビューティーなお嬢様だが、愛想が悪いと言ってしまう方が実感に近い。男子はおろか、女子さえも寄せ付けない壁をつくっていて、おそらく友だちはいない。当然ながら、俺のような劣等生が言葉を交わすことはなく、もはや視界に入ることさえ罪にされてしまうのではないかと思っていたのだが、その秋山蘭子がずっとこっちを見ている。
 

青。晴れた空のような色。母が子どもの頃に使っていた辞書にはそう書いている。だが、私が今見ている空は黒い。
あの日、空は朝から赤かった。午前5時2分、人類がかつて見たことも、おそらく想像したことさえもないような化け物が突然現れ、街は炎に包まれていた。
 

先輩との待ち合わせ場所に行くため、アパートの階段を下りていると、大きな荷物を抱えたお爺さんが一段一段階段を上ってきていた。少し急いでいたこともあって、すれ違いそうになったが、ギリギリのところで「こんにちは」という声を出すことができた。「こんにちは」という返事があってからは、三階まで荷物を運ぶまでの時間など、ほとんどかからなかった。
いいことをしたから、今日は何かいいことがあるかもしれない。そう思って、一日を過ごした。先輩とくだらない話をしているうちに、淡い期待は知らぬ間に消えていったが、家に帰ってシャワーを浴びているときに小さな発見をくれた。いつもより気分良く一日を過ごせたこと、それがお爺さんからのお返しなのだと。